粋を探求するー

粋な振る舞い、粋な着こなし、粋な言葉、粋な生き方
2015-03-17

「人間も、海苔も、発酵」 栄屋海苔店 神戸栄一郎インタビュー

kanbe
※このインタビューは『粋人記』(粋文化探求会編・2013年発刊)から抜粋したものです。

1948年に京都で起業。
大阪を拠点に、うまい海苔を求めて全国の産地を歩き回ってきた。
うまい海苔をつくって、多くの人に食べてもらいたい。
その一心で毎日海苔を焼き続ける、
栄屋海苔店の神戸栄一郎氏。海苔の声に耳を傾けながら、
一枚一枚、必要な分だけ手焼きする。
本物にこだわる料亭や寿司屋をはじめ、
美味しい海苔を食べたいと願う消費者に直接届ける。
90歳とは思えない、抑揚の効いた狂言師のような口ぶりからは、
海苔を探求し続ける気概と、海苔への深い愛情が伝わってきた。

自分は海苔に縁があるかもしれん

kanbe_3-750x330

なぜ海苔を焼くようになったんですか?

もともとは京都の乾物屋のせがれでして。四条烏丸の室町の問屋街にあって、おばんざいも売っている店でした。立命館大学を卒業したあと戦地に行って、運良く生きて帰ってきました。それから大阪の繊維会社に入りましたが、北海道に支店ができるというので、「乾物がたくさんあるな」と北海道へ志願して行きました。北海道へ行ってから会社を小樽の昆布配給会社に移ったんです。昭和24年、30歳くらいの頃です。そして昆布を2、3年やって京都に戻ってきた。乾物屋も当時は配給制でしてね、あるとき古い韓国海苔が配給になったのですが、親父は「古い韓国海苔なんていらんわ」と相手にしなかった。それで私が売ってやろうと思いまして。ちょうどその頃、出町の市場で大変繁盛していた蒸しイモ屋に、「ここで一緒に海苔を売らせてください」とお願いして海苔を売り始めました。薄っぺらい韓国海苔でしたが、表裏をひっくり返して束にして綺麗な赤いテープに包んで並べたら驚くほど売れましてね。

見せ方を変えるだけで商品の価値が変わった。商売の才能がおありだったんですね。

kanbe_5-300x450

いや違う。商品は「売ろう」と思って売れるというものではなくて、人に満足して喜んでいただけたら自然に売れるもの。自然に金が寄ってくる。始めはどうしてこんなに売れたのかさっぱり分かりませんでしたけどね。「自分は海苔に縁があるのかもしれん」と思って、海苔でいこうと決めたんです。それが31、32歳の頃です。次第に業務用の海苔が売れると知って、走り回って寿司屋に売りに行って、もっと売ろうと思ったら「くいだおれの大阪や」ということで、大阪で商売をするようになりました。海苔を見ていくうちに、生産地によって大変差があって、味や風味が全く違っていることが分かってきた。それからというもの、海苔はなぜうまいのか、どこの海苔がうまいのか、どっぷり探求していくことになりました。

日本の多彩な環境が海苔を育む

日本はどこでも海苔が採れますね。それはどうしてなのでしょうか。

日本は海に囲まれて、日本海側と太平洋側の両方に暖流が流れています。海岸線も入り組んでいて、全体の長さがアメリカの5倍ある。中国よりももっと長いんです。温帯気候の一番いい場所に日本列島はある、だから四季がある。海岸の裏も表もそれぞれに環境の面白さがあって、日本海なら岩海苔、太平洋側は養殖海苔ができます。山から流れてくる水が湾に入って真水と塩水とが混じりある気水域の湾でいい海苔ができるんです。

なぜ気水域なのでしょうか。

うまい海苔にはアミノ酸を含んだタンパク質が必要ですが、タンパク質を作るには窒素と鉄がいる。それらをバクテリアが分解してタンパク質ができるんです。しかし、その鉄分や窒素は海の中には少ない。では、それがどこからくるかといったら山の木が枯葉になって腐葉土になって川で運ばれてくる。だから美味しい海苔が採れる海をつくるためには、山をつくらなくてはいけない。海は海だけ、山は山だけではなくて、それらが循環しなければならない。今は川の水質も落ちて、山の上ではダムをつくったり、鉄分を含んだ腐葉土が出てくるところでゴルフ場をつくったり、いい場所が少なくなっています。

kanbe_6-750x3301

九州から北海道まで全国の産地を見て回られたそうですね。

日本列島には主な産地だけでも13カ所あって、その地方特有の風味と味がある。昭和58年頃、東京水産大学の名誉教授で40年以上海苔の研究をなさっていた三浦昭雄先生とご縁がありまして、先生が開発した新品種を伊勢の答志島で作ったことがあります。種付けをして翌年に見てみると、薄くて甘くていい香りがしまして。海苔は厚いものはまずい、薄い方がうまい。「これはうまい、ぜひうちで売らせてください」とお願いしたんですが、自然には一年雑種という法則があって、品種改良しても1、2年のうちに元の品種に戻る、自然の原点を守る働きがあるんです。所詮人間の智慧には限度がある。元に戻らないと宇宙の原点が崩れてしまうわけです。自然はうまいことやっているなと、涙がこぼれるくらい有り難いなと思いましたね。

間、すい、いき、粋

神戸さんが考える「粋」とは何でしょうか。

狂言を15年ほど、人間国宝の茂山千作先生に習っています。狂言からは「間」というものを教えてもらいました。一歩足を踏み込む間、その間一つで姿が様になる。間というものは大事なもので、間が抜けると「間抜け」、間が悪になると「悪魔(間)」になる。商売にも間が必要だなと教えられましたね。間と同じように、「すい」や「いき」というものも大事です。昔は都が京都にあって、その台所が大阪。京都は政治の目がきいていたけど、大阪は経済の街で自由な風土が育ちました。大阪は封建時代でも豊臣秀吉は商人の意志と市民の意志を尊重した。一方で関東は徳川の政治の下に江戸が保護されていた。そういう意味では関西の考え方と江戸っ子の考えには差がありますね。江戸っ子は関西人みたいにガーガー言わないし、江戸っ子の「いき」を関西でやると「それは損や」と言われる。関西は「すい」の粋、関東は「いき」の粋ですね。江戸前の「いき」というのは、関西ではむしろ野暮ったい。関西は関西で洗練された「すい」なところがあります。海苔にしても、関西には関西の、江戸っ子には江戸っ子の味がある。どっちが上かと騒ぎ立てるのは野暮なことですね。

海苔にも粋はありますか。

海苔にも粋なところがありますね。長年焼いているとそれが分かってくる。それぞれに表情があって味も違う。そのまま食べてうまい海苔もあれば、ご飯に巻いてうまい海苔もある。魚に巻いて食べるとうまかったり、意外な相性を見せる海苔も時々いる。なるほど、こいつは粋やなぁと思いますね。目には見えない味や色気が出てくるのが粋ですね。自然の恵みをそのまま磨き上げて、それをなるべく動かさないように皆さんの食卓に届ける。それぞれの海苔の性格を感知しながら焼いていく。海苔はいきもの、だから粋もある。その海苔が持っている粋を見つけるにはそれだけの神経と配慮が必要ですね。もう半世紀以上、海苔を毎日焼き続けていますが、今までに出会ったことがないような味や風味を持った海苔に出会うことが時々ある。こんな時の驚きや喜びは、私以外の人には理解できないことだと思います。こうやって死ぬまで現役で、海苔と対話しながら一枚一枚焼き続けていきたいですね。

kanbe_11-300x450