粋を探求するー

粋な振る舞い、粋な着こなし、粋な言葉、粋な生き方
2015-03-24

「粋な男というもの」 渡邊かをる

watanabe
※このコラムは『いき』(粋人会議編・2010年発刊)から抜粋したものです。

粋というのは平気で生きる事である。この平気の解釈が大変むずかしいのであるが、平気で生きるという事は泣言を云わないという事である。風が吹くと桶屋が儲かる式の論理でいくと、泣言を云わないという事は、意気地がなければいけない。意気地があるという事は、いなせでなければいけない。いなせであるという事は、垢抜けしていなければならない。垢抜けしているという事は、洗練されていて、エレガントでなければならない。洗練やエレガントさを身につけるには、大いに学問し、大いに旅をし、大いに遊ばなければならない。たくさんのお金と時間を使った代価として、したたり落ちる一滴の酒、それが粋というものである。その酒を飲んだ男達だけに、優しさ、本当の勇気と艶っぽさなどが、じわじわと目じりの皺となって刻み込まれてくる訳である。

「どういうタイプの男が好きですか?」という女性への質問に圧倒的に「優しい人」という答えがなぜか多いのである。女性はいとも簡単にその様におっしゃるが、この「男の優しさ」程、むずかしいものはない。言葉にしたり、口に出したりすると、もう、何かいけない。キザな態度で示すのも、気恥ずかしい。優しさなんてものは、ずっと後になって、ハッと気がつく様な、無骨でおおらかな優しさがいい。

本当に優しい男と云うものは、元来、謹厳で無口なものである。それは過去に沢山のものを失って来ているからである。辛酸をくぐって来た男がふと見せる遠い水平線を見ている様な目は、涙を何百回となくこらえて来た男の優しさの結晶なんである。こういう、すっきりとした優しい男達が、昨今、ほんとうに見当たらなくなってしまった。あたりを見渡せば、粋とは全く正反対な、ヤボで下品で、派手な男達ばかりである。恥を知れといいたくなる。これは政治家だけを見ていただいてもお解かりいただけるであろう。

上品で地味で渋くて、エレガントで、色気があって、あっさりとしていて、そして優しい、こんなすばらしい人格を持った男に会いたいものである。九鬼周造氏が云った様に粋な男とは一口で云えば「垢のぬけたる苦労人」という言葉がまさにピッタリである。地味で苦くて、少し酸っぱいのである。

渡邊 かをる
1943年-2015年。東京・築地出身。キリンラガービールのラベルをデザインするなど、広告のアートディレクターとして活躍。陶磁器、美術全般への造詣の深さと、その粋なライフスタイルにも定評がある。