粋を探求するー

粋な振る舞い、粋な着こなし、粋な言葉、粋な生き方
2015-03-24

九鬼周造『「いき」の構造』より


※このコラムは『いき』(粋人会議編・2010年発刊)から抜粋したものです。

「いき」を体系的、且つ哲学的に考察した九鬼周造による名著『「いき」の構造』。「いき」の精神を追求し、学ぶにあたり、この本が一つの大きな指標になることは間違いない。
本誌では数回に渡り、「いき」の本質に近づくためのキーワードを『「いき」の構造』の中から抽出し、紹介していく。

意気地

「いき」の第二の徴表は「意気」すなわち「意気地」である。

意識現象としての存在様態である「いき」のうちには、江戸文化の道徳的理想が鮮やかに反映されている。江戸児(えどっこ)の気概が契機として含まれている。

野暮と化物とは箱根より東に住まぬことを「生粋(きっすい)」の江戸児は誇りとした。「江戸の花」には、命をも惜しまない町火消(まちびけし)、鳶者(とびのもの)は寒中でも白足袋(しろたび)はだし、法被(はっぴ)一枚の「男伊達(おとこだて)」を尚(とうと)んだ。「いき」には、「江戸の意気張り」「辰巳(たつみ)の侠骨(きょうこつ)」がなければならない。「いなせ」「いさみ」「伝法(でんぽう)」などに共通な犯すべからざる気品・気格がなければならない。

「野暮は垣根の外がまへ、三千楼の色競(くら)べ、意気地(いきじ)くらべや張競べ」というように、「いき」は媚態でありながらなお異性に対して一種の反抗を示す強味をもった意識である。「鉢巻の江戸紫」に「粋(いき)なゆかり」を象徴する助六(すけろく)は「若い者、間近く寄つてしやつつらを拝み奉れ、やい」といって喧嘩を売る助六であった。

「映らふ色やくれなゐの薄花桜」と歌われた三浦屋の揚巻(あげまき)も髭(ひげ)の意休(いきゅう)に対して「慮外ながら揚巻で御座んす。暗がりで見ても助六さんとお前、取違へてよいものか」という思い切った気概を示した。「色と意気地を立てぬいて、気立(きだて)が粋(すい)で」とはこの事である。

かくして高尾(たかお)も小紫(こむらさき)も出た。「いき」のうちには溌剌(はつらつ)として武士道の理想が生きている。「武士は食わねど高楊枝(たかようじ)」の心が、やがて江戸者の「宵越(よいごし)の銭(ぜに)を持たぬ」誇りとなり、更にまた「蹴(け)ころ」「不見転(みずてん)」を卑(いや)しむ凛乎(りんこ)たる意気となったのである。

「傾城(けいせい)は金でかふものにあらず、意気地にかゆるものとこころへべし」とは廓(くるわ)の掟(おきて)であった。「金銀は卑しきものとて手にも触れず、仮初(かりそめ)にも物の直段(ねだん)を知らず、泣言(なきごと)を言はず、まことに公家大名(くげだいみょう)の息女(そくじょ)の如し」とは江戸の太夫(たゆう)の讃美であった。

「五丁町(ごちょうまち)の辱(はじ)なり、吉原(よしわら)の名折れなり」という動機の下(もと)に、吉原の遊女は「野暮な大尽(だいじん)などは幾度もはねつけ」たのである。「とんと落ちなば名は立たん、どこの女郎衆(じょろしゅ)の下紐(したひも)を結ぶの神の下心」によって女郎は心中立(しんじゅうだて)をしたのである。理想主義の生んだ「意気地」によって媚態が霊化されていることが「いき」の特色である。 
(二「いき」の内包的構造より)